植物研究雑誌[要約]
Vol.86 No.6 (December 2011) 原著

マメ科ナハキハギ属とウチワツナギ属の花粉形態
葉 繽a,大橋広好a,大橋一晶b: (86: 333–349)
 ナハキハギ属Dendrolobium とウチワツナギ属Phyllodium はヌスビトハギ連に分類され,形態,花粉,分子系統の比較によって近縁の属と考えられている(Ohashi 1973, 2005).この2属の花粉はこれまで光学顕微鏡と一部の種についての走査型電子顕微鏡による観察であったため,今回走査型および透過型電子顕微鏡を用いた観察で微細形態と層構造とを補足した.本研究ではナハキハギ属18種のうち9種,ウチワツナギ属8種のうち4種の花粉を記録した.両属の花粉は共に三溝孔粒,表面模様は網目型,網目は赤道観の溝間域mesocolpiumで直径約1–3μm あり,柱状突起がみられる.溝は花粉粒長軸の0.7–0.8(–0.9) 倍である.花粉外壁は赤道観の溝間域で厚さ1–1.5μm,有刻層sexineは半外表層型semitectate,外表層tectumは不連続,その厚さは外壁の約1/3である.柱状層は規則的,底部層foot-layer は連続であり,内層endexine がよく発達し,その厚さは外壁の約1/3である.一方,両属の間では発芽溝の末端の形状,膜上の顆粒状突起,内孔の大きさ,有刻層と無刻層nexineの厚さにわずかの差異がある.両属は以上のように花粉の形態と構造において基本的な特色で共通する.これらの点は両属の近縁性を示していると思われる.
a東北大学植物園津田記念館,
 b岩手医科大学薬学部)

海産底生珪藻の形態と分類(3),ヒメクダズミケイソウ属(ヒメクダズミケイソウ科,フナガタケイソウ目)(第2部)
陽 詩織a,鈴木秀和a,*,南雲 保b,田中次郎a: (86: 350–355)
 チューブ状群体を形成する海産珪藻Berkeleya rutilans (Trentepohl ex Roth) Grunow の殻微細構造を光学および電子顕微鏡を用いて観察し,新たに以下の形態学的特徴が明らかになった.条線は
1列に並ぶ不定形の胞紋により構成され,軸域に接する胞紋は他の約2 倍の大きさの楕円形.特に中心域付近は3-5個分連結した長楕円形である.各胞紋は規則的散在型配列の穿孔をもつ薄皮により,内側から閉塞される.半殻帯は5枚の帯片から構成される.すべて2列の胞紋列をもち片端開放型.微細構造の差により,2タイプに区別された.

a東京海洋大学海洋科学部 108-8477 東京都港区港南4-5-7
 b日本歯科大学生命歯学部 102-8159 東京都千代田区富士見1-9-20)

北米西海岸に生育する漢方生薬原植物の探査と化学成分分析(1)
藤川和美a,児玉梨花a,野口修平a,岡田 稔a,Brent Hineb,小山鐵夫a: (86: 356–366)
 北米西海岸において,日本で生薬として利用している植物の類縁種を文献調査により5属から選定し,それらを現地にて探査し生育状況を把握した.また持ち帰った試料を『日本薬局方』に基づき,薄層クロマトグラフィーまたはドラーゲンドルフによる呈色反応による確認試験を,液体高速クロマトグラフィーを行いた定量試験を行い,代替生薬となり得るか予備的な評価をした.その結果,北米に産するシャクヤク類Paeonia brownii,リンドウ属Gentiana sceptrum 及びコウホネ属Nuphar polysepalaの3種は,生育個体数も十分にあり,『日本薬局方』の基準を満たすため,代替品として検討対象種となり得ることが分かった.

a高知県立牧野植物園 781-8125 高知市五台山4200-6
 bカナダブリティッシュコロンビア州立大学附属植物園)

 短報

クロビイタヤのタイプ検討
高橋英樹a,Alisa Grabovskaya-Borodinab:(86: 367–370)
 クロビイタヤAcer miyabei Maxim. の開花標本は,1884年6月14日に北海道日高地方新冠で当時札幌農学校助教であった宮部金吾により採集された.新分類群と考えた宮部はおそらく1886年7月7日付けで,ロシアの植物学者マキシモヴィッチに標本を送り同定を依頼した.マキシモヴィッチは米国ハーバード大学留学中の宮部宛に1887年3月21日付けで手紙を送り,新種“Acer Miyabei”との見立てを示し,さらに果実期の標本を所望した.このため宮部は当時新冠御料牧場の場長だった黒岩四方之進氏に採集を依頼した.その年の8月に新冠で採集されたクロビイタヤの果実標本は米国の宮部の手を経て1888年4月30日付けの書簡でロシアのマキシモヴィッチに転送された.開花期と果実期の標本に基づいてマキシモヴィッチの新種記載文が発表されたのは1888年8月22日で,宮部による開花標本採集から4年が経っていた.
 マキシモヴィッチにより1888年に新種記載されたクロビイタヤの初発表文中では,宮部金吾採集による花と果実の両方の標本が引用されている.現在,ロシア科学アカデミーコマロフ植物学研究所(LE) に保管されているクロビイタヤのタイプ標本台紙にはこれら開花標本と果実標本の2標本が貼付されている.同一台紙上に貼付されているこれら2点の標本は国際植物命名規約第9.4条の下では等価基準標本(syntype) とみなされる.
 一方,最近になってPopova (2004) はLE のタイプ標本カタログ中で,Acer miyabei Maxim. の2標本のうち1884年6月14日に採集された開花標本を正基準標本(holotype) とみなした.これは国際植物命名規約第9.8条の下では選定基準標本(lectotype) と訂正されるべき間違いとして扱われる.そこで開花標本を改めてクロビイタヤの選定基準標本と認め,果実標本は等価基準標本と認めた.さらに副選定基準標本(isolectotype) にあたる選定基準標本(開花標本)の重複標本が,宮部博士がかつて学んだハーバード大学,東京大学,北海道大学にもあることを確かめた.

a北海道大学総合博物館,
 bロシア科学アカデミーコマロフ植物学研究所)

シロバナウツボグサの学名
大橋一晶a,大橋広好b,米倉浩司c:(86: 371–373)
 シロバナウツボグサはウツボグサの白花品種である.この品種の学名はウツボグサを北半球・北アフリカに分布するPrunella vulgaris L. とみた場合に,その学名の下で発表されたものはいずれも後続同名である.一方,ウツボグサを東アジアの独立種として,学名Prunella asiatica Nakai の下で発表されたP. asiatica Nakai var. albiflora Nakai またはP. asiatica Nakai f. albiflora (Nakai) Kitag. はシロバナウツボグサの合法名である.しかし,最近ではウツボグサは独立種よりも,セイヨウウツボグサの亜種Prunella vulgaris L. subsp. asiatica (Nakai) H. Hara と考えることが主流である.この説を採ると,種名P. vulgaris の下でalbiflora という種内分類群には先行名があって使えないので新名が必要である.そこで本論文では,シロバナウツボグサについて新学名Prunella vulgaris L. subsp. asiatica (Nakai) H.Hara f. leucocephala K. Ohashi, H. Ohashi & Yonek. を発表した.
 シロバナウツボグサは,これまでに一度,記載を伴う新変種・品種として学名が発表された(小泉1915,中井1921).小泉(1915) では,Prunella のorthographic variant であるBrunella を用い, シロバナウツボグサの学名をBrunella vulgaris L. var. albiflora Koidz. としたが,P. vulgaris var. albiflora Tinant (Flora Luxembourgeoise 312, 1836) がヨーロッパ産のセイヨウウツボグサの白花のものに対し発表されているため,後続同名となる.一方,中井(1921) ではシロバナウツボグサの学名をPrunella vulgaris L. var. elongata (Douglas) Benth. f. albiflora Nakai と発表したが,国際植物命名規約53.4条より,やはりP. vulgaris var.albiflora Tinant の後続同名となる.Yonekura (2005)はB. vulgaris L. var. albiflora Koidz. に代わる新名P. vulgaris L. f. candida Yonek. を提案したが,これも後続同名であった.
 Nakai(1930) はウツボグサをP. asiatica とした際にシロバナウツボグサの学名を新組み合わせでP. asiatica var. albiflora (Koidz.) Nakai と発表した.しかし,B. vulgaris L. var. albiflora Koidz. は後続同名であるから,Nakai (1930) の新組み合わせはKoidzumi (1915)のタイプをタイプとした新名の発表となる(国際植物命名規約58.1条).タイプは小泉(1915),中井(1930)で引用されたNishi-Iyamura, prov. Awa (G. Koidzumi, TI) がホロタイプである.また,この標本はP. vulgaris subsp. asiatica f. leucocephala K. Ohashi, H. Ohashi& Yonek. のタイプでもある.

a岩手医科大学薬学部,
 b東北大学植物園津田記念館,
 c東北大学植物園)