杏林大学
医学部外科学(呼吸器・乳腺系)
野上 博司 氏
杏林大学病院における漢方外来の歴史は,昭和48年の鍋谷欣市教授(杏林大学名誉教授,昌平クリニック院長)の赴任までさかのぼる.鍋谷教授は,術前術後の全身状態改善に対する十全大補湯,イレウスに対する大建中湯など,現在広く外科領域で使用される漢方薬の新しい知見を次々に発表している.現在同院の漢方外来を担当する野上氏は,臨床外科領域における漢方使用の現状と漢方外来について講演した.
手術による変化も漢方の適応
当初は教授外来で一般の患者と同時に診察していたが,多忙のため特殊外来として独立.新外来棟の完成後は,漢方の組織横断的特性から診療ブースを総合診療科に移している.
1日当たりの患者数は平均5〜6名,年齢は17〜85歳(平均66歳)で,男女比は1:2と女性が多い.外科領域疾患が多いが,他科領域疾患も増加しており,癌治療の患者から更年期障害,アトピー性皮膚炎まで多彩である.治療方針は,西洋医学的診断を参考にしつつ随証治療を重視し,時間を十分にとっている.
野上氏は,手術による変化を東洋医学的観点から解析した.すなわち,出血,手術侵襲による貧血は「血虚」と考えてよい.体内バランスの変化,浮腫は「水毒」で,内分泌の変化,免疫力低下は「気虚」,疼痛,手術による気力低下も「気虚」である.開胸,開腹,手術による解剖学的変化は“腹証”の変化を伴うかもしれない.このように考えると,外科領域においても漢方治療の適応があることがわかる.
外科での漢方処方例
外科領域における頻用処方は表1のとおりである.イレウスに対する大建中湯,術前術後の体力増強に各種の補剤,肝機能障害に小柴胡湯,黄疸を伴う場合に茵チン蒿湯,浮腫に対して五苓散,嘔気,特に抗癌剤によるものに小半夏加茯苓飲,呼吸器術後の咳嗽に対して麦門冬湯,不眠に対して小建中湯,あるいは,痔疾をオ血と考えて桂枝茯苓丸を投与するといった具合である.
外科領域での頻用処方
術前、術後でみると(表2),術前は貧血・全身状態の改善を目標として,十全大補湯,補中益気湯,人参養栄湯などの補剤を使う.自己血貯血が必要な場合,エリスロポエチンや鉄剤と補剤を併用すると,目標とするHbにより早く到達できるとの報告がある.また最近では,芍薬甘草湯は内視鏡検査の前処置として,上部のみならず下部消化管にまで使われている.
術後は合併症の予防・治療ということで,イレウスに対して大建中湯,鎮咳に麦門冬湯,栄養状態の改善には補剤,局所の浮腫の改善には柴苓湯を使用する.
いつどのような漢方薬を?
抗癌剤と漢方薬は相性の良いものがある(表3).例えば,イリノテカン投与時の下痢予防に半夏瀉心湯,柴苓湯,タキサン投与時の疼痛に対して牛車腎気丸,芍薬甘草湯,さらにインターフェロン投与時の発熱・疼痛には麻黄湯が有効という報告もある.また,緩和ケアにも各種の方剤を応用できる(表4).
抗癌剤と漢方薬
緩和ケアへの応用
外科関連領域で活用できる漢方薬についても,いくつかの無作為化比較試験が行われているが(表5),今後コントロールスタディがますます必要になってくると思われる.
外科関連領域のEBM
随証は「究極のテーラーメイド」
野上氏は臨床外科領域で今後期待される漢方薬の役割をまとめ(表6),証を突き詰めれば「究極のテーラーメイド医療」になるとした上で,「外科領域における漢方治療は,今後ますますそのウェイトが高まっていくだろう」と期待を述べた.
臨床外科領域で今後期待される漢方の役割
総合討論においては,「例えばイレウス自体が1つの証なので,大建中湯は西洋医学的な考え方で第一選択としても構わないのではないか.補剤も細かい使い分けはあるが,定型的に十全大補湯を用いて不都合があった経験はない.ある程度方剤を決めて,まず使っていただくことが大事だ」との見解も示した.
編集・制作:株式会社ライフ・サイエンス