■治療者のジレンマ
認知症の問題行動(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia :BPSD)は、患者本人だけでなく家族など介護者にとっても大きな問題となっている。荒井氏は、徘徊、幻覚、睡眠障害などのBPSDの程度を示すNeuro-psychiatric Inventory Score(NPIスコア)の重症度が介護者の負担感と相関することから、BPSDの治療の重要性を指摘した。
従来、認知症の周辺症状の治療にはおもに抗精神病薬が用いられていたが、認知症患者に抗精神病薬を投与するとパ−キンソン症状が見られたり、転倒や誤嚥性肺炎など身体機能を低下させることが、臨床でしばしば問題になる。Wada氏らの調査では、アルツハイマー病(AD)患者に対する抗精神病薬の使用は、誤嚥性肺炎のリスクを3倍にすることがわかっている(表)。 |
ほかにも、抗精神病薬の使用でAD発症リスクが3倍になるとの報告もある。この傾向は国外でも指摘されており、ついに2005年、米国食品医薬品局(FDA)は17のプラセボコントロール試験の結果を解析した結果、高齢の認知症患者に対する抗精神病薬の使用は死亡リスクが1.6〜1.7倍になるという勧告を出している。
こうした事情から、「介護負担の軽減のためにもBPSDを改善したいが、抗精神病薬は使いにくく、治療手段が限られる」というジレンマに、多くの治療者は悩まされていた。 |
■抑肝散への期待
こうした背景から荒井氏は、神経過敏による不眠症や小児の夜泣き・疳症などに対する効果がよく知られ、自験例でも不眠症などに対する改善効果を経験した漢方薬の抑肝散に着目した。同剤のBPSD改善効果について、TJ-54を使った無作為化試験で以下の検討をした。
スタディデザインはオブザーバーブラインドスタディである。オブザーバーブラインドにした理由としては、漢方薬の場合、剤型、匂い、味を同一にしたプラセボの作成が困難なため、検討当時、二重盲験によるプラセボコントロールの比較試験が行えなかったためである。
52例のBPSDのあるdementia患者を抑肝散(TJ-54)投与群27例とコントロール群25例に無作為化した。ベースラインにおいて年齢、認知症サブタイプ、重症度、日常生活活動性スコア(Barthel Index)は両群間に差はない。主要アウトカムはBPSDの評価としてNPIスコア、ADLの評価としてBarthel Index、一般的な認知機能検査としてMMSEを用い検討した。
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結果は、TJ-54投与1か月でNPIトータルスコアは有意な減少(p<0.001)(図1)、NPIサブスケールスコアでは幻覚、興奮/攻撃性、焦燥感/被刺激性、異常行動の有意改善、夜間睡眠障害で有意な改善が認められた(図2)。Barthel Indexでみる身体機能については、TJ-54群は低下させることなくむしろ有意改善を示した(図3)。これは、おもな抗精神病薬がBarthel Indexを低下させるというデータと大きく異なる。一方、MMSEについてはTJ-54群、コントロール群ともに変化は認められなかった。TJ-54はまた、錐体外路症状などの副作用もなく、日常生活の活動性は観察期間終了時まで良好に維持されていた。
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| 以上の結果から荒井氏は、「認知症に伴うBPSDの治療において、抑肝散は安全でかつ有効性が期待できる選択肢になりうる」と考察し、今後の課題として、「抑肝散の至適投与期間と長期投与によるBPSDコントロール効果の維持が可能かという点を明らかにしていく必要がある」と述べた。 |
■DLBでは幻視が問題
一方、DLBは他のADや脳血管性認知症(VD)に比べて幻視や妄想などの精神症状が強く出現する傾向がある。この幻視の治療についても、抗精神病薬は意識レベルやパーキンソニズムを増悪させるなどの理由で使用を控えるという問題があった。
そこで荒井氏らは、DLBにおけるBPSDに対してもTJ-54による治療効果をオープンラベルスタディで検討した。方法は、16例のDLB患者に対してTJ-54を1か月投与し、NPIスコアを評価した。その結果、14例の患者でNPIスコアが平均34.7から13.5(図4)、幻視サブスコアは平均7.5から1.5に、いずれも著明に改善した。なかには幻視が消失した症例もあった。Barthel Indexはやや改善傾向を示し、MMSEは変化がなかった。このことは、抑肝散がDLBのBPSDで、特に問題になる幻視の改善を目的とした治療において、安全で有用な選択肢となりうることを示している。 |
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■世界へのDLB情報発信
さらに荒井氏は、2006年から始まった日本国内におけるDLBに対する抑肝散の安全性と臨床効果に関する多施設大規模臨床試験(代表研究者:小阪憲司氏;本ワークショップ会長)の概要を紹介した。計画は2段階で、現在は第1段階として、オープンラベルスタディが進んでいる。これは2007年まで継続予定である。その後、第2段階として、無作為化プラセボコントロールスタディが予定されている。そのため荒井氏らはプラセボの作成に取り組んでおり、完成も間近いという。
このスタディの結果によっては、DLBに伴うBPSDの治療戦略として、新たなエビデンスを世界に向けて発信することになる。DLBは、代表研究者の小阪氏が最初の症例を報告し、その疾患概念を確立したという経緯がある。日本で発見されたDLBに関して、新たな治療にかかわる情報が日本から発信されようとしている。今後の抑肝散をめぐる研究成果がきわめて注目される。 |
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