2025.11.26

養生のすすめ

入浴

お風呂は最強のセルフケア? ~浮力・温熱・水圧が織りなす「巡るカラダ」の科学~

シャワーで済ませる日もあるけれど、湯船にしっかり浸かった日の満足感は格別です。
この「気持ちよさ」の正体は、実は科学的な根拠に裏打ちされた、体からの「ありがとう」のサインかもしれません。
入浴は単なる「体を洗う」行為ではなく、古くから日本人が経験的に学んできた健康法の一つともいえるでしょう。まさにツムラが大切にする東洋医学の考え方にも通じる「こと」と言えるでしょう。

入浴のもたらす物理的な効果とは

入浴すると「浮力」「温熱」「水圧」という3つの物理的な効果があり、この効果に加え肌をきれいにするという清浄効果があります。そしてこれらの効果がどのように私たちの体に働きかけ、健やかな「巡り」を生み出すのかを解き明かしていこうと思います。

私たちはお風呂に浸かることで得られる1つ目の効果が浮力です。お風呂に浸かると身体が軽く感じます。この浮力の正体は、古代ギリシャの科学者が見つけた「アルキメデスの原理」で説明できます。「アルキメデスの原理」と聞くと少し難しく感じるかもしれませんが、実はとてもシンプルです。 一言でいうと、「水の中に入ったものは、そのモノが押しのけた“水の重さ”と同じ分だけ、浮かび上がる力(=浮力)をもらえる」という法則です。
これを、お風呂の湯船でイメージしてみましょう。私たちが湯船にザブンと浸かると、当然、私たちの体の体積分だけ、お湯が「ジャバ―ッ」とあふれたり、水位が上がったりしますよね。アルキメデスの原理が教えてくれているのは、この「自分が押し出したお湯の重さ」と、「自分がお湯から受ける浮力(体が軽くなる力)」は、まったく同じ大きさになる、ということなのです。
実際、湯船に肩まで浸かると、私たちの体重は「約10分の1」にまで軽くなると言われています。 これは、湯船に浸かっているカラダが全体重の9割ほどあり、その重さを、お湯が「浮力」として代わりに支えてくれている状態だからです。
この浮力が働いているため、普段、私たちの体を一生懸命支えている筋肉、腰や足首、膝などの関節は、お湯の中ではその重さから解放されて楽になるので疾病や怪我などによる痛みの緩和になるというわけです。また、重力から解放されることで気分もリラックスしてきます。

2つ目の効果は水圧の効果です。
この水圧、実はかなりの強さです。どのくらい強いかというと、水深30cmの地点では、「1平方センチメートル(親指の爪くらい)あたり、約30g」の力がかかっています。「それだけ?」と思うかもしれませんが、この圧力も「ちりも積もれば山となる」です。例えば、お湯の深さが30cm程度になるお腹周りで計算してみましょう。ウエスト80cmで幅5cmぐらいとすると合計で12kgの力がかかってきます。
この強力な水圧が胴体にかかると、体内の横隔膜(おうかくまく)がグッと押し上げられます。その結果、肺が少し圧迫され、容量が約9%程度小さくなります5)。肺が小さくなると、私たちの体は「もっと酸素が必要だ!」と判断し、自然と呼吸の回数を増やし、頻繁に酸素を取り入れようとします。同時に、心臓もこの状況に適応しようと活発に働き始め、心拍数(心臓が鼓動する回数)が上がり、心臓から送り出す血液の量(心拍出量)も増えるのです。つまり、湯船に浸かっているだけで、心臓と肺が適度な運動をしているような状態になり、それが結果として全身の「血行促進」につながっていきます。
また、湯船に浸かると水圧は足にもかかります。この圧力は細胞と細胞との間に存在する細胞間液や静脈の血液を押し上げて循環を良くしてくれます。この作用がむくみを解消にもつながります。

3つ目が温熱の効果です。
湯船に浸かるとお湯の温度で身体が温まります。身体が温まると血管の内壁より一酸化窒素(NO)が誘発されます7)。この一酸化窒素は血管の硬さをコントロールしている血管平滑筋に作用し血管そのものを緩めてくれます。言い換えれば血管そのものを柔らかくしてくれるということです。

また、お湯の温度は自律神経に影響を及ぼします。自律神経は人間が生きていく上で必要な臓器に影響を及ぼします。生命維持に必要な神経とも言えます。この自律神経は自分の意思ではコントロール出来ません。温熱はその自律神経に作用します。
例えば、41℃や42℃という熱いと感じるお湯に浸かると交感神経が優位になります。その結果、心拍数が増加し、血管は収縮傾向になります。その結果血圧は上昇し、精神的には活動的になります。言い換えれば身体は戦闘状態になります。一方、39℃や40℃といった心地よい温度に浸かると自律神経は副交感神経が優位になります。心拍数は微増となりますが、血管は拡張傾向になるため、血液循環は促進傾向になります。そして血圧の急激な上昇は見られず、気分はリラックスしていきます。

温熱が与える自律神経への影響

さらに、温熱で身体が温まり、体温は上昇してきます。体温が上昇すると、HSP(熱ストレスタンパク)が誘発され、傷んだ細胞が修復されます3)。加えてエネルギーをつくる細胞内のミトコンドリアの活動を促進したり1)、マクロファージという免疫細胞の活動を高めるなど免疫機能にも良い働きをもたらしたりもします2)

以上がお風呂の物理的な効果になりますが、実際に湯船に浸かると、これら3つの効果が同時かつ相乗的に私たちの心身に働きかけ、さまざまな健康効果をもたらすというわけです。

また、入浴の基本的な役割である「体を清める作用」も、シャワーだけでは得られない重要な効果があります。

お風呂がもたらす清浄効果とスキンケア

入浴は、ここまで述べたような身体への深いメカニズムに加え、身体をきれいにするという清浄効果も持っています。「41℃のお風呂に5分浸かるだけで、全身の汚れの半分程度が落ちる」という実験データが示す通り4)、湯船に浸かることで、皮脂や目に見えにくい汚れを効率的に浮かし、落とすことができると考えられます。

肌の乾燥を防ぐ「入浴後の10分ルール」

清浄効果の裏側で、肌に関して知っておくべき重要な注意点があります。湯船に浸かると、水分が肌に浸透することで角質水分量は一時的に増加します。しかし、お風呂からあがってそのままにしておくと、わずか10分後には入浴前よりも減少を始め、急激に乾燥が進んでしまいます6)
人間には恒常性があり、水分量はいずれ戻ってはくるものの、しばらくは乾燥状態が続いてしまいます。
これでは、せっかく血行促進で体の中からケアしても、肌が乾燥してはもったいない状態です。お風呂あがりは、必ず10分以内に保湿などのスキンケアを意識しましょう。

相乗効果が身体にもたらすものとは

湯船に浸かると血行促進するという認識は誰でもお持ちでしょう。この血行促進は水圧の効果と温熱の効果によってもたらされます。「そのメカニズムは?」というと、水圧の効果で心拍数が増加し、心臓から排出する血液量が増えます。そして温熱の効果で血管そのものが柔らかくなっているために起こります。例えると車の交通量がどんどん増えてきた時に、1車線の道路だったのが2車線道路になるというイメージです。
また心地よい温度のお湯に浸かるとリラックスして心身の疲れが軽減されます。心地よいお湯に浸かり、身体がほんわか温まると副交感神経が優位になり気分はリラックスします。同時に浮力が働くことで身体が軽くなり関節負荷が軽減されて身体全体の緊張も緩んできます。温熱効果と浮力の効果によって心身がリラックスするというわけです。

お風呂がもたらす健康効果

では血行促進すると、なぜ、どのような健康効果がもたらされるのでしょう。血液で運んでいるものを知るとその重要性が理解できます。実際に血液で運んでいるものは、食事で摂取した栄養とエネルギーをつくる時に必要な酸素、また、白血球という免疫細胞やホルモンなどです。生きていく上で必要不可欠なものを身体中に運んでいます。これらが身体中に運ばれることで、エネルギーがつくられ、細菌から身を守ることができ、そして身体の機能も正常に動きます。また、それ以外にも温かい血液が循環することで冷え性や筋肉のコリを緩和することができます。
温まることによって免疫細胞も活発に機能しバランスが整います。その結果、感染症の予防になり健康状態を維持することができます。
そして夜にお風呂に入ることで浴後にスムーズな体温を下げることが出来、睡眠導入が良くなります。その結果、疲労回復に必要な成長ホルモンの分泌を促すことができます。

何気なくお風呂に入っていますが、科学的に見るとさまざまなメカニズムが働き健康効果をもたらしてくれます。入浴は、単に身体をキレイするということだけではありません。健康的な毎日を送る誰でも簡単に実践できるセルフケアです。今日の疲れをリセットし、明日への活力を「巡らせる」ために、今夜はゆっくり湯船に浸かってみませんか?

(1) Bahr T. Katuri J. Liang T. Bai Y. (2022) Mitochondrial chaperones in human health and disease. Free Radic Biol Med, 179, 363-374.
(2) Kashio M. Sokabe T. Shintaku K. Uematsu T. Fukuta N. Kobayashi N. Mori Y.Tominaga M. (2012) Redox signal-mediated sensitization of transient receptor potential melastatin 2 (trpm2) to temperature affects macrophage functions. Proc Natl Acad Sci U S A, 109(17), 6745-6750.
(3) 伊藤要子 石澤太市 多田井幸揮 綱川光男 (2021) 全身入浴またはシャワー浴の入浴習慣がその後のhsp入浴法に及ぼす影響. 日本健康開発雑誌, 42, 21-30.
(4) 川崎義巳 渡邊智 長井克介 (1993) 浴溶剤の皮膚への効果. FRAGRANCE JOURNAL, 25, 5.
(5) 江橋博 (2003) 健康とスポーツの生理学. ふくろう出版, 184.
(6) 石澤太市 谷野伸吾 (2009) ミロバラン果実エキスのスキンケア製剤への応用. 日本薬学階第130年会.
(7) 鄭忠和 (2021) 和温療法の歩みと今後の展開. 脈管学, 61(11), 123-130.



入浴なるほどガイド


執筆・監修

日本薬科大学 スポーツ薬学コース
特任教授 石川泰弘(いしかわやすひろ)

博士(スポーツ健康科学)
温泉入浴指導員(厚生労働省規定資格)
睡眠改善インストラクター(日本睡眠改善協議会認定資格)

「お風呂教授」として T V や雑誌をはじめとする多くのメディア活躍。
多くの日本代表チームやトップアスリートに対して入浴や睡眠を活用したリカバリーに関する講演なども行っている。