2026.06.30

漢方ブログ

「肥満症と食欲のメカニズムとは?」
~未来の脂肪を増やさないために、食欲の謎にせまる~

食欲を抑えられないのは意志が弱いからではない

肥満症の改善には、蓄積した脂肪を減らすこと、そして、新たに脂肪を溜め込まないことが重要です。そのために食事量のコントロールが必要ですが、頭で分かっていてもつい食べ過ぎてしまう方も多いはず。
「意志が弱いから」と思われがちですが、実は脳やホルモンが関与する生理的な反応によって起こるものです。特に肥満や肥満症の状態では、食欲を高める働きと抑える働きのバランスが崩れて、食欲をコントロールできなくなることがあります。
ここでは、食べ過ぎてしまう理由のヒントとして、食欲を増加させる体のメカニズムを紹介します。

食欲に関する体のメカニズム

食欲には、次のような体のメカニズムが関係しています。

(1)睡眠不足や過度なストレスで食欲が増える

脳の視床下部には、食欲を高める「AGRP(エージーアールピー)ニューロン」と、食欲を抑える「POMC(ポムシー)ニューロン」があり、ホルモンの影響を受けながら食欲のバランスを調節しています。
胃から分泌されるホルモンの「グレリン」は、脳の視床下部に作用してAGRPニューロンを活性化したり、POMCニューロンの働きを弱めたりすることで、食欲を強めます。(※1)
睡眠不足や過度なストレスが続くとグレリンの分泌量が増加し、AGRPニューロンが優位な状態になるため、食欲が増加します。(※2)

(2)肥満によって満腹感を感じにくい状態に

脂肪細胞から分泌される「レプチン」は、脳の視床下部に働きかけ、POMCニューロンやAGRPニューロンの働きに影響を与えて、食べ過ぎをストップさせる重要な役割を果たしています。
しかし、肥満の状態が続くと、レプチンが分泌されていても、これらの神経がその信号に十分に反応しなくなり、食欲が抑制されにくくなることがあります。これを「レプチン抵抗性」と呼びます。この状態では、脳が満腹のサインを受け取りにくくなり、食べているのに脳が満足しない、という状態に陥りやすくなります。(※3)

(3)過度なストレスなども食欲に影響する

過度なストレスや不安は、脳内の神経伝達物質のバランスに影響を与えます。慢性的なストレス状態では、「セロトニン」の分泌が低下して気分の安定や食欲のブレーキが効きにくくなったり、覚醒や緊張を維持する「オレキシン」の働きが高まり、食べることへの意欲や衝動が強まることがあります。実際にこれらのホルモンに作用して食欲を乱す薬もあります。(※4)

(4)腸内環境の乱れも食欲に影響を与える

腸内環境が乱れると、実際には食べ物が胃に入っていても、脳が「まだ空腹だ」と誤って判断してしまうことがあります。
これは、腸内環境の乱れが脳の満腹の感じ方に影響を与えるためです。
私たちの腸内細菌は、食物繊維をエサにして「短鎖脂肪酸(酪酸、プロピオン酸など)」を作り出します。
近年のヒトを対象とした研究では、この短鎖脂肪酸が脳の満腹中枢に「お腹がいっぱい」という合図を送る、重要な役割を担っていることが明らかになっています。(※5)
しかし、加工食品や脂肪分の多い食事に偏り、腸内細菌のバランスが崩れると、短鎖脂肪酸が十分に作られなくなります。
その結果、脳に「満腹です」という化学的なサインが届かず、胃に食べ物が入っていても、脳は「まだ足りない」と判断し続けてしまいます。
つまり、腸内環境の乱れは、脳を「偽りの空腹状態」に陥らせる大きな原因となるのです。

対策とまとめ:今、改善に取り組むことが未来の脂肪を増やさない一歩に

食欲は、「生活習慣」「腸内環境」「睡眠不足」や「過度のストレスによる精神的・社会的要因」が相互に影響し合いながら調節されています。肥満症における食欲の問題は、体のメカニズムを理解し、正しい方向から整えていくことが重要です。
まずは、以下のちょっとした生活習慣の改善から始めてみてください。

・満腹感を得られるように、ゆっくりよく噛んで食べる
・食物繊維を意識して摂る
・加工食品や脂肪分の摂りすぎに気をつける
・リラックスする時間をつくる
・十分な睡眠時間を確保する

さらに、体質や状態に応じて、医師への相談や漢方の考え方を取り入れることも選択肢の一つです。漢方薬の中には、食欲や体内の巡り、排出のバランスに着目したものもあり、改善に役立つ可能性があります。
無理のない方法で取り組みながら、心身を整え、食欲をコントロールし、将来の肥満症を予防しましょう。




参考文献
※1 Bouillon-Minois JB, Trousselard M, Thivel D, Gordon BA, Schmidt J, Moustafa F, et al. Ghrelin as a biomarker of stress: a systematic review and meta-analysis. Nutrients. 2021;13(3):784.
※2 Liu S, Wang X, Zheng Q, Gao L, Sun Q.Sleep Deprivation and Central Appetite Regulation.Nutrients. 2022;14(24):5196.
※3 Tan HL, Yin L, Tan Y, Ivanov J, Plucinska K, Ilanges A, et al.
Leptin-activated hypothalamic BNC2 neurons acutely suppress food intake.
Nature. 2024;636(8041):198–205.
※4 Mavanji V, Pomonis B, Kotz CM.Orexin, serotonin, and energy balance.WIREs Syst Biol Med. 2021;13(6):e1536.
※5 Chambers ES, Viardot A, Psichas A, Morrison DJ, Murphy KG, Zac-Varghese SEK, MacDougall K, Preston T, Tedford C, Finlayson GS, Blundell JE, Bell JD, Thomas EL, Mt-Isa S, Ashby D, Gibson GR, Kolida S, Dhillo WS, Bloom SR, Morley W, Clegg S, Frost G. Gut. 2015;64(11):1744–1754.



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慶應義塾大学医学部内科学(腎臓・内分泌・代謝)
専任講師 川野 義長(かわの よしなが)


  • 経歴
    2007年4月   慶應義塾大学病院初期臨床研修開始
            1年目:北里研究所病院  2年目:慶應義塾大学病院
    2009年3月   慶應義塾大学病院初期臨床研修修了
    2009年4月   慶應義塾大学医学部内科学(腎臓・内分泌・代謝)教室入局
            慶應義塾大学病院にて後期内科臨床研修修了、糖尿病専門医取得
    2014年4月   慶應義塾大学医学部内科学(腎臓・内分泌・代謝)助教
    2017年4月   慶應義塾大学医学部内科学(腎臓・内分泌・代謝)特任助教
    2018年4月   米国コロンビア大学メディカルセンターに留学
    2022年4月   慶應義塾大学医学部内科学(腎臓・内分泌・代謝)助教
    2023年10月   慶應義塾大学医学部内科学(腎臓・内分泌・代謝)講師
    2024年4月   慶應義塾大学病院 先制医療センター 副センター長
    2024年9月   慶應義塾大学医学部内科学(腎臓・内分泌・代謝)専任講師

  • 資格・役職
    2007年4月   医師免許証
    2010年9月   日本内科学会認定医
    2013年3月   博士(医学)(慶應義塾大学)
    2013年11月   日本糖尿病学会専門医

  • 所属学会
    日本内科学会会員
    日本糖尿病学会会員
    日本肥満学会会員
    日本内分泌学会会員

  • 専門分野
    糖尿病領域

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